2011年04月30日

「営業」の時代?

「代理店」の時代はとっくに終っていると言いました。


実は「営業」の時代もとっくに終っているのです。


どういう事でしょうか。


詳しく言いますと、「個人営業」の時代は終焉している、こういうことです。



 私は、何回か、営業を指す言葉として、「優秀な」と書いています。



 「顧客」とのコミュニケーション能力に長け、親切であり、必要な情報を提供する。


「優れた」営業ほど、「顧客」との関係だけではなく、社内の各部署の「流れ」、人間関係もうまく処理しているものです。



 しかし、今の時代、そんな「人材」を多く集められるものでしょうか。



 ここに、販売会社が次の時代を見つめた「販売・営業・戦略」が生まれた大きな理由があります。  


Posted by 古本舗ー多摩 at 16:00

2011年04月30日

【代理店」の時代?⑭

 「代理店」の役割をもう少し詳しく書きます。



ひとつの業界があるとすると、必ず「複数の「メーカー」が存在します。


いわゆる「競合メーカー」です。


「シェア」争いですね。


「専業代理店」の場合は「単独」、一社のみのを取扱い、場合によっては、その「メーカー」の資本が入っている


場合も多く、「商品」の仕入れ値段の優遇もありますが、「制約」もあります。



 多くの「代理店」は「代理店」側が「イニシアチブを取り、自由に「複数」の「メーカー」と取引をします。


だからこそ、多くの「メーカー」の営業が出入りし、自社品を多く取り扱ってもらうため、さまざまなアプローチを


繰り返すわけです。


これら「独立系」が私達の「業界」をリードしてきたのは、20年ほど以前までです。


この20年は「中堅」、「大手」の「企業化」された「チェーン」の時代に入ったからです。


つまり、20年以前は「個」の時代だったというわけです。


現在は「企業化集団」の時代です。



  


Posted by 古本舗ー多摩 at 09:33

2011年04月29日

「代理店」の時代?⑫

 ここまで読んでいただいた方なら、すでに私の言わんとしている事は、察しがつくのではないでしょうか。


そうです、テリトリ管理が徹底されれば、自然と顧客は当社に顔を向けてきます。

「遅かれ早かれ」です。


間を介さず、「メーカー」と直接繋がれば、さまざまな点で顧客にとって「メリット」が多いからです。


つまり、「代理店」、「問屋」の時代はすでに終っていたのです。


 これが、「同僚」の独立に関して、私が最も「危惧」していた事です。



「メーカー」にとっては「末端顧客」を制したものが天下を取ります。



「顧客」が「企業」、「商品」を選択する。




とっくの昔に、そういう時代に入っていたのです。


  


Posted by 古本舗ー多摩 at 16:49

2011年04月29日

「代理店」の時代?⑪

 私が入社した36年前、営業は20人いたかどうか。


入る直前、半数近くの営業が退職したため、急遽「募集」したわけです。


どの企業でも似たようなものですが、当時の営業マンは個性豊というか、「曲者」ぞろいでした。


だからこそ、「ノン・ブランド」を担いで、会った事も無い会社に営業をかけることが可能だったわけです。



「道なき道を」かき分ける、そんな「つわもの」ぞろいの集団でした。



時代が変われば、求められる人材も変って来ます。


現在は、会社の「決め事」、「方針」を忠実に実行に移せる人材が必要になっています。


当然のことで、ひとりひとりが、勝手に判断し、行動されたら、それこそ仕事になりませんから。


その時代、その時代で当然、変化していく。


企業自体も同じです。  


Posted by 古本舗ー多摩 at 13:29

2011年04月29日

「代理店」の時代?⑩

 普通、生まれたばかりの「企業」はこんなむちゃな「戦略」は描きません。


ただ、40年前の東京の「業界地図」は各地区の「有力代理店」ががっちり、「地盤」を押さえており、


先発メーカーがその「代理店」、「問屋」とシッカリ繋がっていました。



「後発」であった当社には他の方法の取り様が無かったのです。


「選択」の余地がなかったというのが「真相」です。



当然このやり方は「お金」も「時間」も大変かかります。


当時のどのメーカーも取ってない方法であることは当然だったのです。



営業にとっては「苦難」の道の始まりです。



しかし、40年経ってみれば、見事に「花」は咲いたのです。



ただ、その間に、多くの「屍」をさらす、「犠牲」を省みない「戦略」であったことは否定できない事実です。  


Posted by 古本舗ー多摩 at 11:43

2011年04月29日

「代理店」の時代?⑨

 私が当初から心配していた問題。


それを理解していただく前に、私の在職していた、企業グループの「営業戦略」を話します。


「直販体制」ということは以前お話しました。


当時東京23区、及び「多摩地区」すべてに「営業拠点」を置き、営業サービスの「テリトリー管理」をする。


つまり、「1地区」を一つの「藩」として、すべての「客先」を営業、サービスで回り込み、「情報」を集約する。



このやり方は、昔の言い方ならば、「じゅうたん爆撃」


少し以前なら「日本生命」方式と呼ばれ、「人海戦術」としては、最もオーソドックスな戦術です。


ただ、「欠点」として、多くの人材が必要ということです。



この戦略が徹底されたならば、ライバル企業にとっては、大変な「脅威」となるのは「自明」のことです。







  


Posted by 古本舗ー多摩 at 10:25

2011年04月28日

「代理店」の時代?⑧

 私の「在職」時代の話の続きです。


「代理店」として「独立」した「同僚」。


始めは良かったと思います。


「現職」時代に可愛がってくれた「経営者」が購入してくれたし、同業者を紹介してくれたり。

独立した人が新たに機械を購入してくれたり、順調だったと思います。


その間も、私と連絡は取り合っていましたから、様子はわかってました。


その後、心配していたいくつかの問題が起こってきました。


「回収」の問題です。


機械を納めて、その後、「支払い」が客先には発生します。

約束通りの期日に支払いが行われない事態が発生しました。


「いま、手元に現金が足りないから、一月待ってよ」

「いまこれだけ払うから、あとは4回ぐらいに分割してくれないか」



景気の低迷もあり、客先も苦しいのはわかります。


しかし、「仕入先」への支払日は決まっています。


もし、「支払猶予」を「仕入先」に申し入れたら、その時はいいでしょう。

しかし、次からの取引が出来なくなります。

何が何でも「取引先」には「約定」通り、支払いをしなければなりません。



「売上」は順調、しかし「回収」は客先より滞っている。


 「勘定あって銭足らず」の状況に陥ったのです。


 しかも、問題はそれだけで終ったわけではありません。



 こちらの方を、むしろ私は当初から懸念していたのです。  


Posted by 古本舗ー多摩 at 20:09

2011年04月27日

「脱線」ついでに?

 話の「脱線」ついでにもうひとつ。


 先日、私の元同僚から「ちょっと会いたい」との連絡があり、会って来ました。


彼はまだ「現役」で、あと一年で「定年退職」の予定です。


話と言うのは、定年に合わせて、「ネットショップ」をやってみたいとの相談でした。

いろいろ話をしましたが、結論として、計算してみると、あと「50,000円」足りないので、「ネット」で何とかしたい。


つまり、そういうことでした。


 私は彼に「まあ、そういう理由がはっきりしているなら、やめたほうがいいね。」


「むしろ、コンビニあたりで、一日三時間ほど働いたほうが間違いないよ。」

「時間給900円としても、月20日で54,000円になるし、絶対、そのほうがいいって。」



彼はなんとなく、納得しがたいように見えましたが、私は「本音」で言ったつもりです。



 ネットショップ」というものは、立ち上げるのは簡単ですけれど、その後が、いかに大変か。


未経験者には、なかなか、理解してもらえないと思っています。



 私は「ネットショップ」の有り方として、一番理想的とおもっているのは、現在どこかに「店舗」を持ち、


ある意味では、その商売で、それなりに利益を出し、その関連で「ネット」も手掛ける。


こういう形が理想的だと思います。


そうすれば、別に「ネット」の売上で、「一喜一憂」することもないし、日々、地道に努力し、やがて、いつの間に


そこそこ「ネット」でも客が着き、売上が上がってくる。



 本来、そういうふうに進むのが一番いい形だと私は思っています。  


Posted by 古本舗ー多摩 at 11:46

2011年04月26日

「復興税」?

 前回の話を進める前に、今、気になっていることがあります。



政府は今、「復興税」の名目で「消費増税」を検討しているようです。


この件に関して、私が営業時代、苦い思い出があります。


「受注」が決まり、「契約書」を作るとき、顧客から、「消費税」分を頂戴できないことが多発しました。


紆余曲折はありますが、結局、「メーカー」が内部的に「値引き」扱いにして、処理することになるわけです。


その分、「利益」は減ります。



「消費税」の仕組みは、ご存知の通り、「流通」のどの「段階」で負担しても構わないということになっています。


「客」が支払わなければ、「メーカー」、「代理店」、「工場」等、の段階で負担しなければなりません。


結局、弱い立場に皺寄せになるのです。



市場シェア・トップの当社でも、かなり、この問題は起こっていましたが、他の「競合」先は利益が圧迫され、



業界全体、低利益体質が問題になっていました。



 今回、仮に「3%」上がるとすると、さらに「利益低減」の問題が発生します。


大メーカーは当然、負担する気はありませんし、結局、小、弱の立場に負担が、「値引き」という形で被っていく。


これは、全国的、あらゆる業界に波及します。



 今現在、「増税」に国民の理解が得られているという「たわけた論調」がメディアで見かけられますが、


 私のつたない経験からも、事はそんなレベルの問題ではなく、経済という観点からは恐ろしい事態を引き起こす。



 私は、今、たいへん心配しています。

  


Posted by 古本舗ー多摩 at 17:21

2011年04月25日

「代理店」の時代?⑦

 会社を「退職」し、「代理店」としてスタートしたわけです。



在職時代の顧客に挨拶状を出し、順調な出だしだったと思います。


「彼」自身も、独立に関して、それなりの準備をし、万全の体制を考えていたはずです。


「会社」とも、特に喧嘩別れしたわけでもなく、うまく進むと信じていたでしょう。


でも、私は、うまくいかないと思っていました。ずいぶん独立をとめたほうです。


少なくとも、この「業界」での「代理店」はやめたほうがいいと思っていました。



 私は、何度も言いますが、「代理店販売」の時代はとっくに終ったと認識していました。


 30~40年前なら、ともかく、今は「メーカー」の時代です。


「メーカー」が直接「消費者」に結びつくのが「今」です。


「メーカー」から見れば、「代理店」政策などというものは「崩壊」しています。



かつては「絶対的な」力を持ち、「メーカー」が頼りにしていた存在は、現在、ある意味で言えば「邪魔」な存在


とまでいう「幹部」さえいます。


 世の中はどんどん、変化しているのです。  


Posted by 古本舗ー多摩 at 11:20

2011年04月24日

「代理店」の時代?⑥

 早いもので2月6日に書き始めたこの「ブログ」も、気がついたら100回をあっという間に越えてしまいました。


一番驚いているのは本人です。


何も解らないまま、「ネットショップ」を始め、いつの間にか一年が過ぎる。


時間の過ぎていくのは、なんと早いことか。


もともと、文章なんて書いたこともないし、作法も知らなかったわけですが、書きたいことは沢山あったことだけは事実です。




 私の営業時代の話ですが、同僚が独立し、「代理店」として会社を起しました。


非常に優秀な営業マンであり、多くの顧客に可愛がられ、当然顧客の「紹介販売」も多かったわけです。


  


Posted by 古本舗ー多摩 at 17:23

2011年04月24日

「商売」は難しい?③

 「予測」や「見通し」が外れることは、それほど珍しいことではありません。


身近な例でも、地方の飛行場の搭乗者予測、新幹線等、新駅の乗降客数、地方の新道路の通行車両予測。


いくらでも例は挙げられます。


予測が間違ったからといって、責任を、誰かが取ったというのも、聞いたことがありません。



しかし今回のような例はけっこう深刻だと、私は感じています。



 私が「現職」時、顧客が「ショッピング・モール」などに出店する場合、よくアドバイスしたことがあります。



 「説明会などの「集客予測」の70%程度が「実体」と考えた方が、後で後悔せずにすみますよ」



 彼らも商売ですから、まず「入れ物」を満たすことを最優先します。





 綺麗なパンフレット等は、「眉につば付けて」見たほうが、まず、間違いが少ないと今でも私は信じています。





  


Posted by 古本舗ー多摩 at 14:58

2011年04月24日

「商売」は難しい?②

 地元の「名店」を集める。


駅ビルの「複合店舗」、新規出店計画としては、非常にいいアイディアだと思います。


最近、郊外の「モール」等では、このような方向の計画が多く見受けられるようになって来ました。


ただ、問題はあります。


 今回の「立川」の場合のように。


 結論を申し上げます。


JRが当初計画段階の「集客予想数」と実際の「集客数」の間に大幅な「乖離」が生じたということです。




さまざまな思惑があり、具体的な「数字」は避けますが、かなり差が出たのは事実です。




出店先はJR側の「集客予想数」を基に、金融機関の融資担当と商談し、返済計画、人員配置、仕入れの確保等


事業計画を立てます。



 通常、企業は年度始めに、「事業計画」をたてますが、そのうち、「販売計画」の90%~95%を想定し、さまざまな


資金調達を作っていきます。


つまり、「計画」の5%~10%ダウンまでは、まだ、想定の範囲ということになります。


もし、それがウン十パーセント、ダウンということになれば、当初の内部計画に大きな支障を来たすことになり、


それが、何ヶ月も、もし続くようなことになったら、企業の存続にもかかわる大問題に発展することは目に見えています。



 今回、不幸にも、それが起こってしまったのです。  


Posted by 古本舗ー多摩 at 12:08

2011年04月24日

「商売」は難しい?

 「商売」の話を書いてきて、別の話を思い出しました。



JR中央線に「立川」という街があります。



JRが駅構内整備として、改札前に大規模、「複合店舗」を作るときの話です。


そこに出店する店舗を地元周辺の「人気店」にターゲットを絞り、それを「目玉」にしようとしました。


こういうときは、定評のある、大手チェーン店をまず、考えるのが普通です。



それだけに、なかなか着眼点が斬新だと、オープン前から大きな話題になっていました。


JR側は「計画書」を提示し、地元の人気店に出店交渉を開始しました。



結果として、JRの計画に賛同し、「多摩地区」の有名店が数多く出店しました。




オープンから一年たち、各店舗は実は「当惑」を隠せませんでした。


「売上」が当初思っていたようには、上がらなかったからです。


いや、思っていたようにというより、「遥かに」と表現したほうが、正確でした。



しかも、各店舗、ほとんど同じような状況でした・・・




よく原因を探ってみましたら、思いもかけない「事実」が出てきたのです。  


Posted by 古本舗ー多摩 at 02:16

2011年04月24日

「代理店」の時代?⑤

 結論から言いますと、会社の方針。


「直販」にて、顧客へアプローチする、この政策は大きな成果を挙げました。


数年を経ず、業界シェアの「トップ」に立ったのです。


末端客先に「ブランド」が浸透し、逆に客先から、「代理店」に大して当社品が逆指名されるようになったのです。


つまり、力関係が逆転したわけです。


これは業界にとっても、大変な変化でした。


これ以降、当社が業界の「リーダー・シップ」を握ることになったのですから。  


Posted by 古本舗ー多摩 at 00:37

2011年04月23日

「代理店」の時代?④

 この話をもう少し書かせてください。


 当時の「営業」は本当にシンドイものでした。


どんどん「退職」していく人がいるのは、止むを得ないと、当時の私も思っていました。


「ブランド」をほとんどの客先が知らないのですから。


しかし、「会社のトップ」は「カタログ配れ!」、「売れなければ、帰ってくるな!」


「いつでも代わりはいるんだぞ!」


 私が「退職」しなかった理由?


正直言いますと、新たな就職先を探すのがメンドウだっただけです。


それと、当時は、どこへ行っても、販売会社は似たようなものだと、友人から聞いていましたし。




 「パワハラ」も「コンプライアンス」も何も無い時代のことですから・・・







                                    古本舗ー多摩   http://huruhonpo-tama.jp/


  


Posted by 古本舗ー多摩 at 23:44

2011年04月23日

「代理店」の時代?③

 他メーカーが涙ぐましい「代理店」対策を採っていた当時。


私の所属していた企業は、それとは逆に、直接、末端への「直接販売」、「ダイレクト・セールス」に打って出たわけです。


少ない営業マンを動員し、一日100軒以上のアポ無し「直接訪問」、


「ドアツー・ドア」方式です。


当然、業界では「後発メーカー」ですし、簡単に浸透はしません。


「聞いたことないメーカーだな。」

「家は、あの「代理店」から買っているから、来なくていいよ」

「勝手に入ってくるな!」


さまざまな断りの声の中、私達は「訪問」を重ねていきました。



当然、「代理店」、「問屋」の圧力はたいへんなものでした。


物を投げつけられたことも、一度や二度ではありません。


絶えられずに営業はどんどん退職して、毎月のように途中入社が会社に入ってきました。


売上が上がらず、会議は紛糾します。


朝8時より始まり、その日の日付けが変るまで、会議は続けられました。


「最終電車が出てしまうので、そろそろ会議を終了してもらえませんか?」


ある日の会議で、私が発言したため、「ふざけんな、やめちまえー!」


 えらい思いをしたこともあります。



こういう中で、われわれ営業は戦っていたわけです。



勘違いしないでほしいのは、私は営業の苦労話を書こうとしているのではないということです。  


Posted by 古本舗ー多摩 at 15:22

2011年04月23日

「代理店」の時代?②

 他メーカーのほとんどが採用していた「戦略」。


「代理店」を通じて、「商品」を末端に流通させていく。


他の産業でも、当時取っていた方式です。


ただ、この方式には、「メーカー」から見て、問題はありました。


必然的に「代理店」、「問屋」の力が大きくなり、必ずしも「自社品」を優先的に販売してくれない。


これは、「メーカー」としては、頭の痛い問題です。


だからこそ、「代理店政策」として、優秀代理店の「表彰」とか、「旅行」への招待であるとか、当時各メーカーは



涙ぐましい、対策を繰り出していたわけです。  


Posted by 古本舗ー多摩 at 14:36

2011年04月23日

「代理店」の時代?

 私の「在職」した会社を例に挙げたいと思います。


40年ほど前のことです。

当時、会社は小さく、営業の数も少ない、業界には先発していた、企業が何社か、シェアの大部分を押さえていました。


当然、自社の力が弱いわけですから、「代理店」、「問屋」に頼るしか、販売を拡大する方策はなかったわけです。



当時の業界の企業は大部分、この「代理店」方式を採用していました。



つまり、「代理店」の時代だったと言えます。




しかし、私の勤めていた企業グループは、敢えて、その戦略は取りませんでした。


  


Posted by 古本舗ー多摩 at 13:21

2011年04月22日

「経営者」?

 「経営者」のことを考えていたら、「社員」から「経営者」になった「同僚」を思い出しました。


それも、一人や二人ではありません。

私が「現職」だったころ、何人も、自分で「独立」した営業がいました。


「現役」時代、「優秀」だった人間ほど、自分で稼いでみたいと思うようです。

ただ、ほとんどの「会社」は二年と持ちません。


私の「同僚」、「先輩」、「仲間」、ほとんど残っていません。



「優秀な営業」=「優秀な経営者」ではないのです。



私自身の考えでは、私の勤めていた業界は、すでに「メーカー」の時代に入っていると認識しています。



「メーカー」より「仕入れた商品」を「代理店」が「客先」に販売する時代は、既に20年近く前に終わりをつげている。


 私は、そう思っていました。



確かに、私が入社したころは、「独立」し、「会社」を起し、「代理店」を始めた人はかなりいました。


現在も、その頃の「会社」は事業を継続しています。


苦戦してはいますが、そのころ会社を興した人たちは、一種、「筋金」が入っています。



「にわか経営者」とは、背負ってきた事業の「歴史」が違うのです。  


Posted by 古本舗ー多摩 at 20:27